2023年8月25日金曜日

処理水放出、太平洋島しょ国が怒り 背景に核や戦争、大国の犠牲になってきた歴史 

 24日にも始まる東京電力福島第一原発事故の処理水放出に、マーシャル諸島など太平洋の島しょ国から懸念の声が上がっている。遠く離れた海の向こうの人々が異議を申し立てた背景には、戦前の日本統治や米国の核実験など大国の犠牲になってきた歴史の記憶があるという。現地を訪れている明星大の竹峰誠一郎教授(46)に、住民の思いを尋ねた。

東京新聞(曽田晋太郎、安藤恭子) 2023年8月24日 12時00分

今月中旬に開かれたマーシャル諸島の国会。3月に「福島原発から太平洋への放射能汚染水投棄に重大な懸念を表明」する決議を採択した=マーシャル諸島・マジュロで(竹峰誠一郎さん提供)

今月中旬に開かれたマーシャル諸島の国会。3月に「福島原発から太平洋への放射能汚染水投棄に重大な懸念を表明」する決議を採択した=マーシャル諸島・マジュロで(竹峰誠一郎さん提供)

◆マーシャル諸島訪問の教授「頭ごなしに脅威押し付け」

 竹峰さんは国際社会論が専門。米国による核実験が繰り返されたマーシャル諸島を中心に、国内外の核被害に関する調査研究を続けている。
 
 





13日からマーシャル諸島の首都マジュロに滞在。現地では新聞の発行が週1回しかないため、24日に処理水の海洋放出を始めると決めた日本政府の方針について「まだ限られた人しか知らないだろう」と語る。ただ、「自分たちの領内で処理できないものを太平洋に向かって一方的に流し、頭ごなしに脅威を押し付けるような行為に現地で誰も理解を示す人はいない」と明かす。
竹峰さんによると、2021年4月に日本政府が原発処理水の海洋放出方針を決めた後、マーシャル諸島政府は懸念を表明。日本側に代替策の検討や海洋環境保全のための国際的義務の履行、対話の実施などを求める声明を発表した。

◆核実験の地で反対決議

 今年2月の両国外相会談では、林芳正外相が「人の健康や海洋環境に悪影響を与えるようなことはない」として、海洋放出への理解を求めた。だが3月、マーシャル諸島の国会は「重大な懸念を表明し、より安全な代替処理計画を日本に検討するよう求める」決議を採択。処理水の放出が「海洋資源に大きく依存している太平洋諸島の人々の命と生活を脅かす」とし、「太平洋を核廃棄物のごみ捨て場にこれ以上するべきではない」と訴えた。
 これに対し、日本政府は現地で説得するような行動を活発化させていると竹峰さんは話す。7月、日本政府の担当者が現地で地元市長らを訪問。先週は地元紙に日本大使が海洋放出について説明する記事が載り、唯一の戦争被爆国として「核実験被害を受けたマーシャル諸島の人々の思いは理解している」という趣旨の談話が掲載されたという。

◆元大統領ら、日本の説明「遅い」

竹峰さんは今月21日、国会決議を主導したヒルダ・ハイネ前大統領や閣僚らと面会。最近の日本側の対応について聞くと、「いまさら説明するのは遅い。海洋放出計画を決める前に相談せず、放出開始を決める最終段階になって頭ごなしに説得されても理解はできない」と怒りをあらわにしたという。
 同じオセアニア地域では、北マリアナ諸島の議会でも同様に反対決議が採択されている。竹峰さんは「決議は、マーシャル諸島を含む太平洋の島々がこれまで大国に核実験や核廃棄物処理で好き放題使われてきた歴史を踏まえた訴えだ。島々の人たちは放射性物質の量がたとえ少量であったとしても、日本が自分たちのことを何も考えずに汚染水を太平洋に流す行為が許せないと憤っている。日本にとっては単なる海かもしれないが、島々の人たちにとっては生活の糧であり、汚染水が長期にわたって流され、暮らしの土台が傷つけられる。

ことを危惧している」と解説する。
ヒルダ・ハイネ前大統領(中)から処理水放出への懸念を聞いた竹峰誠一郎さん(左)ら=21日、マーシャル諸島・マジュロで(竹峰誠一郎さん提供)

◆マリアナ諸島から原爆投下機が出撃
 太平洋の島々と日本とは、戦争と核の歴史を通じ、深い関わりがある。
 フィリピンの東、赤道の北に広がる一帯は、かつて「南洋群島」と呼ばれた。1914年からの第一次世界大戦で、日本はドイツ保護領にあったマーシャル諸島を占領。20年に国際連盟から委任統治が認められ、実質的に支配するようになった。

 太平洋戦争中の44年、日本軍との激戦の末にサイパン、テニアン、グアムなどマリアナ諸島を制圧した米軍は、ここから日本本土への長距離爆撃を開始。45年8月、原子爆弾を抱えたB29爆撃機「エノラ・ゲイ」「ボックス・カー」はテニアンの飛行場を飛び立ち、広島、長崎へ向かった。

◆「核の植民地主義」…終戦後は実験場に
 終戦後、マーシャル諸島は核実験場とされた。米国は46〜58年、ビキニ、エニウェトク両環礁で67回の核実験を実施。54年3月のビキニでの水爆「ブラボー」の実験で、マグロ漁船「第五福竜丸」の乗組員やロンゲラップ環礁の島民らが放射性物質を含む「死の灰」を浴びた。

 軍事評論家の前田哲男さんによると、ロンゲラップでは島民82人が被ばく。頭痛、下痢、かゆみ、目の痛みを訴え、救助船が来たのは50時間以上後だった。「米国のみならず核保有国は、危険な水爆実験を本土でやらなかった。これは『核の植民地主義』。マーシャルの人々は広島、長崎に次ぐヒバクシャにさせられた」と憤る。

◆日本は1980年代に「核のごみ」廃棄計画

 1980年代には日本の低レベル放射性廃棄物を北マリアナ諸島海域に捨てる計画が浮上したが、当時の中曽根康弘政権は国際世論を受け入れる形で断念した。原発処理水の海洋放出について、前田さんは「海は人類共有の財産。『水に流す』などという思想をふりかざすのは日本だけ。中国の反対が目立つが、太平洋の人々の声を聞くべきだ。やがて大きな反感が日本に向かう」と警告する。

 ロンゲラップ島民は米国の安全宣言でいったん帰島したが、がんや甲状腺異常などの健康障害が相次ぎ、85年に再び島を離れた。50年近く島民を取材しているフォトジャーナリストの島田興生さんは、「原発の処理水を流す海の先に住む太平洋の島の人々を想像してほしい」と訴える。

 島田さんによると、20年余り日本の統治が続いたマーシャル諸島には日本語を学んだ人たちがいて親日的。旧日本軍飛行場があった現在のエニウェトク環礁では、44年2月の米軍の攻撃で日本軍は約2600人の戦死者を出し、ほぼ全滅したとされる。従軍していた朝鮮人労働者や基地建設に動員された島民らも亡くなった。

 島田さんがロンゲラップを初めて訪れた74年、64歳の男性ナプタリ・オエミさんが胃がんで亡くなる前、病床で写真を撮らせてもらった。家族から「父は自分が苦しんでいるのは原爆のせいだ。気をつけろと言っていた」と聞いた。その2年前には1歳で被ばくした当時19歳の男性が白血病で死亡した。

◆成長不全や白血病、不妊…「いつも巻き込まれる側」

 島民たちには「放射能」という概念があまりなく、変な毒物という意味合いで「ポイズン」と口にしていた。米国の健康調査は続き、身長が伸びないなどの成長不全や白血病、不妊や流産が増えたと言われる。

 「マーシャルの人たちはいつも大国に巻き込まれる側。米国の核実験で被ばくさせられ、今度は日本が処理水を流そうとしている。かつての死の灰と違い、島の人は健康への影響を神経質に受け止めないかもしれないが、私には同じことが起きているように見えるし、日本の罪は重い」と島田さん。海洋放出への受け止めを聞くために9月、現地に向かうという。来年でブラボー実験から70年だ。

 「第五福竜丸とともに、忘れてはいけないマーシャルの人たちの歴史がある」

◆デスクメモ

 竹峰さんは、核兵器禁止条約が、核実験被害者の支援や環境汚染改善を盛り込んだことにも注目する。米国の「核の傘」に頼る日本は批准を拒むが、核抑止論は核実験被害者の犠牲の上で成り立つ論理だからだ。本来真っ先に参加すべきことをせず、この上まだ国の信用を失うのか。(本)

処理水放出、太平洋島しょ国が怒り 背景に核や戦争、大国の犠牲になってきた歴史 :東京新聞 TOKYO Web (tokyo-np.co.jp)


ヒルダ・ハイネ前大統領(中)から処理水放出への懸念を聞いた竹峰誠一郎さん(左)ら=21日、マーシャル諸島・マジュロで(竹峰誠一郎さん提供)